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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12567号 判決

原告 株式会社太平洋物産

右代表者代表取締役 水谷文蔵

右訴訟代理人弁護士 金子正康

被告 竹内隆

右訴訟代理人弁護士 瀧内禮作

主文

1  被告は原告に対し金二、四一一、〇四七円およびこれに対する昭和四二年一二月二日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、原告が担保として金八〇〇、〇〇〇円を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が東京穀物商品取引所の会員であって商品仲買を業とする株式会社であることは当事者間に争いがない。

そこで、≪証拠省略≫を綜合すると、被告が、原告と、昭和四一年一〇月三一日頃、穀物商品先物取引契約を結び、原告に穀物商品の先物取引を委託し、若干の利益をあげたが、同年暮その精算をして委託証拠金、未精算金いずれも零となったこと、その後、原告と昭和四二年五月一日、竹内隆名義で、穀物商品先物取引契約を結び、売買による利益金については指定のない限り委託証拠金に振替えること、売買による損失金については委託証拠金をもって振替え充当することおよびそのほかについては東京穀物商品取引所の定める受託契約準則の定めに従うことと定めて、大手亡豆五枚の売付を委託して以来、再び穀物商品の先物取引を委託しはじめたが、同月二二日、同月一九日までに生じた利益金一〇七、〇〇〇円を受領し、原被告間の竹内隆名義の口座は、委託証拠金六六〇、〇〇〇円が残存するのみで、その他の損益計算関係は零となったこと、その後、被告が、原告に対し、竹内隆名義で、同年五月二〇日から同年八月一一日までの間に、別表1ないし10欄記載のとおり、大手亡豆および小豆の先物取引を委託し、その結果別表1ないし10欄の仕切損金欄のとおりの損失金が生じ、その額は合計金二、四三一、六〇〇円となったこと、原告が東京穀物商品取引所に同額を立替払して決済したことを認めることができ、この点反証はなく、他に右認定を左右する証拠はない。

次いで、≪証拠省略≫によると、訴外及川美喜子ではなく被告が原告と昭和四二年五月一八日、田中一名義で穀物先物取引契約を結び―≪証拠省略≫により田中一名義の承諾書、申出書の住所・氏名欄の筆蹟は訴外及川美喜子の筆蹟であるけれども、竹内隆名義の承諾書の氏名欄、申出書の住所・氏名欄の筆蹟もまた同訴外人の筆蹟であることが認められ、≪証拠省略≫により田中一名義の承諾書、申出書の住所・氏名欄はいずれも被告の代りに訴外及川美喜子が代筆して記載したものと認められる―、売買による利益金については指定のない限り委託証拠金に振替えること、売買による損失金については委託証拠金をもって振替え充当することおよびそのほかについては東京穀物商品取引所の定める受託契約準則の定めに従うことと定めて、同日から同年八月一一日までの間に別表11ないし18欄記載のとおり大手亡豆および小豆の先物取引を委託し、その結果、別表11ないし18欄の仕切損金欄のとおりの損失金が生じ、その額は合計金三、六三四、〇〇〇円となったこと、原告が東京穀物商品取引所に同額を立替払して決算したことを認めることができ(る)。≪証拠判断省略≫

ところで、被告は、商品取引所法第八八条が何人も商品市場における売買取引に関し偽って自己の名を用いないで売買取引をすることを禁止し(同条第二号)、かつ、前各号に掲げる行為の委託又は受託をすることをも禁止している(同条第六号)から、被告が「田中一」なる架空人名義を用いて本件取引をしたとしても、原告は法の禁止する取引の委託をうけ、その取引を行ったのであり、かかる不法原因によって生じた請求債権を主張しえないし、このことは民法第九〇条に照らしても明白である旨主張するが、―商品取引の顧客(委託者)が偽って自己の名を用いないで他人名義あるいは架空人名義で商品取引の委託をする事例がかなり存在すると巷間につたえられるところであるが―商品取引所法第八八条で禁止されている偽って自己の名を用いないで売買取引をすることは、同法の売買取引が商品取引所における売買取引すなわち商品市場における売買取引のみを指すことからして、商品取引所の会員が商品取引所の開設する商品市場における売買取引を、偽って自己の名を用いないでなすことを禁止したもので、右会員に対する委託者(顧客)が自己の名を偽って委託することを禁止したものとは解せられないから、原告が法の禁止する取引の委託をうけたこととはならないし、被告の右主張は、その余の点にふれるまでもなく、失当である。

そうして、原告の被告に対する竹内隆名義の委託立替金と田中一名義の委託立替金とを合算すると金六、〇六五、六〇〇円となる。

ところで、≪証拠省略≫によると、被告は、竹内隆名義の口座に昭和四二年五月四日委託証拠金一五〇、〇〇〇円、同月一〇日同金三六〇、〇〇〇円、同月一五日同金五〇、〇〇〇円、同日同金一〇〇、〇〇〇円(以上が同年五月二二日現在に残存した前記認定の委託証拠金六六〇、〇〇〇円である)、同月三〇日同金一二〇、〇〇〇円、同年六月一三日同金三六〇、〇〇〇円、同月二三日同金一、〇〇〇、〇〇〇円、同月二六日同一、五〇〇、〇〇〇円、同年七月八日同金四〇〇、〇〇〇円、同月二五日同金五〇〇、〇〇〇円、同年八月二日損失金一六三、二〇〇円、同月一一日委託証拠金一九、〇一五円、同月三〇日同金二、〇八三、九三八円(これは同月二八日品渡し代金として同口座に入金した金二、二二八、〇〇〇円から委託受渡手数料金一八、〇〇〇円、倉敷料金三三、二六三円および品渡分異議申請による精算金九二、七九九円の合計金一四四、〇六二円の費用を控除したものである)、合計金六、八〇六、一五三円を委託証拠金として予託しまたは損失金として支払ったこと、ところが竹内隆名義の口座の委託証拠金は、昭和四二年六月二九日別表5欄記載の取引の品受代金として金一、四四七、〇〇〇円、同年七月二八日別表1・2欄記載の取引の品受代金として金二、八三二、〇〇〇円支払われた結果、結局同口座の残存委託証拠金は金二、五二七、一五三円となることおよび田中一名義の口座に昭和四二年五月二三日金二二五、〇〇〇円、同年六月九日金四〇〇、〇〇〇円、同年八月二日金三〇〇、〇〇〇円、同月八日金五〇〇、〇〇〇円合計金一、四二五、〇〇〇円を委託証拠金として予託していたことが認められる。従って、竹内隆名義の残存委託証拠金と田中一名義の委託証拠金とを合算すると金三、九五二、一五三円となるが、右委託証拠金を前記竹内隆名義の損失金に振替え充当しても未だ金二、一一三、四四七円の委託立替金があることとなる。

ところで、商品取引所法受託契約準則にもとづき、東京穀物商品取引所理事会が定めた委託手数料が、小豆および大手亡豆それぞれ一枚の売付委託および買付委託につき、それぞれ約定値段金四、〇〇〇円未満の場合金一、〇〇〇円、同金四、〇〇〇円以上金六、〇〇〇円未満の場合金一、二〇〇円、同金六、〇〇〇円以上金八、〇〇〇円未満の場合金一、四〇〇円、同金八、〇〇〇円以上金一〇、〇〇〇円未満の場合金一、六〇〇円、同金一〇、〇〇〇円以上の場合金一、八〇〇円であることは当事者間に争いがない。そこで、右料率にしたがって、前記認定の竹内隆名義の各取引の委託手数料を算出すると別表1ないし10欄の手数料欄(売、買)のとおりとなり、その合計額は金一四一、六〇〇円であり、同様に田中一名義の各取引の委託手数料を算出すると別表11ないし18欄の手数料欄(売、買)のとおりとなり、その合計額は金一五六、〇〇〇円であり、右両名義の委託手数料総額は金二九七、六〇〇円である。

そうすると、被告は、原告に対し、委託立替金二、一一三、四四七円および委託手数料金二九七、六〇〇円、合計金二、四一一、〇四七円ならびにこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年一二月二日から支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告の本訴請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸尾武良)

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